親鸞会 福井 福井 我ら親鸞学徒の集い

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  親鸞会とは
         
親鸞会 福井
   誤解されている教え

 時空を超え、尊敬される聖人ですが、果たして、その教えは正しく知られているでしょうか。
 今日、仏教ときくと、何が思い浮かぶでしょう。

 葬式や法事、読経で生き延びている葬式仏教、おみくじやゴマを焚いてゴ利益をふりまく祈祷仏教、伽藍や大仏を売り物にする観光仏教、信仰より社会事業を重視して、学校や幼稚園経営に奔走する事業仏教、境内を駐車場に貸し、学校教師などになって衣食する二股仏教、祖師や中興の法要にかこつけて、金集めする遠忌仏教など……。

 もちろんこれらは論外ですが、驚くほどに親鸞聖人の教えは誤解、曲解されています。
 一例をあげれば、「平生業成」という言葉でしょう。「平生業成」とは、聖人のすべてを漢字4字であらわした、いわば一枚看板とされている言葉です。

 「平生」とは「現在」のこと。人生の目的を「業」という字であらわし、完成の「成」と合わせて「業成」と言われます。
 「平生業成」とはまさしく、人生の目的が現在に完成する、ということです。

 親鸞聖人の特色が「平生業成」といわれるのは、聖人ほど人生の目的と、その完成のあることを強調された方はなかったからであります。

 それが今日、「あなたの平生業成が悪かったからだ」とか「私の平生業成がよかったから」などと、日常行為のことのように使われているのが実態です。



   親鸞会の目的

親鸞会 福井 世界の光である親鸞聖人の教えを、正確に、速やかに、1人でも多くの人にお伝えする、これ以外に親鸞会結成の目的はありませんでした。
 今後も、それは変わりません。
 どうすれば本当の親鸞聖人の教えが明らかになるか、親鸞会の目的は、ただこのこと一つであって他には何もありません。

  一宗の繁昌と申すは人の多く集まり
  威の大いなる事にてはなく候、
  一人なりとも人の信を取るが
  一宗の繁昌に候。  
(蓮如上人)